脱センターは子どもと日本の未来を開く

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 米商務省は2011年9月13日、米国の貧困層(4人家族で年収2万2300ドル以下=約170万円)が4600万人に達したと発表しました。これは過去最多です。 全米自動車労組(UAW)は過去、組合員の時給50ドル強、年収で約10万ドル(770万円)を会社から引き出してきましたが、最近では「ティア2」(第2階級)と呼ばれる時給は14ドル、1日8時間、週5日働いて年収は約2万7000ドルの「貧困層」に近い組合員が急増しています。

 日本はどうでしょう。厚生労働省が 2009年10月に発表したデータでは、日本の貧困率は15.7%、米国(17.1%。白人は10%程度)に近づきつつあります。 日本人はかつて、一億総中流意識を持っていましたが、1990年代のバブル崩壊後、その幻想は崩れ、日本の子どもの7分の1が貧困の中で生活しています。 学習や進学には高額な費用が必要で、貧困層に属する子どもたちはそうした競争力を獲得する機会を永久に失うことになりかねません。

 貧富2極化はこれから進むことはあっても、元に戻ることはないでしょう。 そのために今最も必要なのは、子供たち自身が学力の大切さを自覚すること、そして親の側が子供に投資することです。 サムスンを初めとする韓国企業の世界での台頭は、韓国の驚異的な進学競争と無縁ではなかったと思われます。 日本も、今やゆとり教育を反省し、再び世界で戦うための精神的、知的能力の鍛錬に向かおうとしています。

 歴史作家の司馬遼太郎氏は以下のように書いています。

 (欧米では)家庭でも、母親たちは、子供に、右の二つを基軸とした言語教育をする。 簡単にいえば、

「議論に負けるな」

ということである。

 「自己の主張、希望、否定と肯定などを、精密に言語化せよ。 言うについては、明晰であれ。 矛盾のあることを平然と言うべからず。 感情をまじえるべからず。 言語。 すべては言語」

などと教える。 そのことが、個人の独立と尊厳をつちかうことに役立つと信じられているのである (個人の独立がなければ欧米社会では生きてゆけない)。

…貿易摩擦にしても、欧米は多大な言語量を日本にむかって投げつけてきているが、 日本人に右の伝統や習慣がないために、すくみきっている。 黙っていれば、認めたとされる。 あるいは無知とされる。

「日本人は英語がへただから、多くを語らず、主張もひかえ目にする」
という人があるが、そういうことはありえない。 国語がへたなのである。 英語など通訳を通せばなんでもない。 いかに英語の達人が通訳してくれても、スピーカーの側での日本語としての国語力が貧困(多くの日本人がそうである) では訳しようもない。

…この文章に、に結論はない。 筆者としては現場の先生方に、祈るような気持ちでいるだけである(「十六の話」)。

 以上のような、日本人の国語力向上への祈るような氏の思いに反し、昨今の生徒たちの国語力は低下の一途をたどっています。 2020年センター試験が終わった後の国語は、深い読解と表現力を取り戻そうとしています。難しくなるという人もいますが、そうしてこそ、一個人の未来を開くと同時に、日本の未来をも開くものとなるというのが私のいつわらざる気持ちです。